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「明けました。おめでとうございました。」って台詞をうちがはじめて聞いたのは4年前ぐらいのカウントダウンTVです
元旦の午前2時ぐらいにガクトがボソッとつぶやきました
世界史の暗記をしながら「なかなかユーモアに富んだ言い回しだなぁ」って思ってました。
ユーモアって人間を形成する上で重要な部分だと思うんです
他人はそこに自己の人間味を見出してくれるものだと思うんです
けど、うちがこのごろ勉強していた開高健の作品である「玉、砕ける。」
そのテーマとなっている実際に中国で起きた「文化大革命」とゆう出来事の中では、それが抹殺されていました。







文化大革命についてはこちら
また、重要なキーワードとなる紅衛兵についてはこちら



 文革中、老舎を含むたくさんの知識人や官僚など、多くの指導者層が無念のうちに没しました。
その多くが紅衛兵の暴力のために死んでいったのです。
紅衛兵は「四旧を打ち破る」「反動的な反革命分子」を妥当するという名目でこのような暴力行為を行っているのですが、結局のところ彼らは、毛沢東に従うか、従わないかの二項対立でしか物事を考えていなかったように思います。
それはそのまま『玉、砕ける』の本文中にある「白か、黒か。右か左か。有か無か。あれかこれか。どちらか一つを選べ。選ばなければ殺す。」と書かれた状態と一致しているのではないでしょうか。
本文は「二つの椅子があってどちらかにすわるがいい。どちらにすわってもよいが、二つの椅子のあいだにたつことはならぬというわけである。しかも相手は二つの椅子があることをほのめかしてはいるけれど、はじめから一つの椅子にしかすわることを期待していない気配であって、もう一つの椅子を選んだらとたんに『シャアパ(殺せ)!』『ターパ(打て)!』『タータオ(打倒)!』と叫びだすとわかっている。」と、つづきます。
単純に二元化された選択肢、しかも決まった一方を選ばなければ殺されあいまいな態度をとっても殺されると言った極限状態の中で、今のわれわれは主体的に考えることができるのでしょうか。

詳しくプレゼンしていこうとすると、もっと膨大な資料があるのですがとりあえず上のような結論になりました。


文化大革命の残虐さを詳しく知りたければユン・チアンの著作「ワイルド・スワン」を読んでみるのが良いと思います。

上のようなこと研究してたので、更新停止してたのは全力スルーの方向で!(●´∀`●) b









まあこんな事知ったって
社会に出る上で何の役にも立たないんですけどね

でも、こうゆうことを知らないで平然と生きている人間になりたくないから
マクドナルドの値段が安い理由も
ユニクロの値段が安い理由もしらないでそれを購入しちゃう人間になりたくないから
だからうちは勉強してるんだと思う。

たわごとだけどね。












以後はマビの話



先日
ミル1

ミル1になりましたv
この調子で精錬も1にしたい!!







そしてさらに!!


ボレロ

ボレロも買いましたv
リボンのついた靴とあわせて良家のお嬢様風
頭装備に悩んでます

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