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前回の記事に続いて

前回の記事のコメント刺激を受けたのと

今日はノリがよいとのことでこのまま書き続けるー









世の中は汚い

これはけっして変わらない

世の中は綺麗

これも決して変わらないと思う

世の中の素晴らしさを小さい頃からこの身で実感してきたと思う

両方を知って

両方を知りえて

未だに答えが出せずにいる

前回の記事で世の中汚いなんていっておきながらこうやってすぐにこんなことを言ってしまう

それも自分の発現に責任が持てないってことなのカナとも考えてみたり



色んなものを吸収できて真の意味でその考えを理解しようとする

それがこどもの特権かなと

だからこそ

こうやって、答えが出せない。



人間の選択が恐ろしい事を知ってしまった

何か一つを選ぶということはそのほか全てを捨ててしまうんだ

世の中には自らの欲のため、そのほかの人間全ての命をごみ同然に扱うモノ達がいる

たぶんそれらの多くは、自分がやってる実感が無いゆえに起こせるものだと思うのだけれど

ココで注意したいのが、その選択は決して我々と無関係ではないという事

どっかの大統領が何百人もの人間殺しちゃったよー

程度に考えてしまうのは、間違いだという事なんだ

細かく見つめていけば必ず太かれ細かれ「今の自分」と繋がっている糸が見えてくる。

それを知ってしまった悲しみは耐え難いものだ。

自分を殺してしまったほうがどんなに生きやすい事だろうか

ああなんだか、ここまで書いてくると世の中が汚ねえ!トカ叫んで、高貴と信じる(精神的な)死に向かうような人間も

それでも、卑小な生を選ぶ人間も

どっちも本質的には同じと思えてくる

前者は自分を殺して

後者はそれでも生きてるんだ

たぶん自分は、自分を殺してると見られたことに怒りを感じたんだろうなあと思う

必死で生きてるのにそうとは見られなかったことに対する怒りだったのかもしれない

ということは、自分の意思が前回の記事では自分の思ってる通りに伝わらなかったという事で

そんな自分勝手な文章をかいた(発言をした)自分の責任は?となってくるかもしれない

と、こんなことをずっと考えている。


とりあえず、どっちにもたいした差異は見られない

それが今での結論。


最初に書いた

世界は汚い。世界は綺麗。という一元化した書き方も間違っていると今更ながらに思う

きっと、世界は綺麗な部分があり、それでいて世界は汚い部分がある。といった言い方の方が適切なんだろう。






ほんと世の中わからないことだらけで

こうだと思って発言したら

出るくいは打たれる

最近やっと自分の意見ももてない子脱出かと思ったけど

それはまだ先のお話かもしれない

まだまだ「七個」に結論は出せそうもありません
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